お問い合わせ
image

バーチャル・ミュージアムの多言語対応~見習うべき・よくある避けるべき3つの例~

ローカライゼーション
profile

B. Craine

エディターのブレンダンです。

私はアメリカで過ごした幼少期から、地元のデンバー自然科学博物館(当時はデンバー自然史博物館)に頻繁に通っていました。私にとっての博物館とは、自身の好奇心の探求に専念できる場所でした。
そして時を経て、今では日本で、観光庁の「地域観光資源の多言語解説整備支援事業」をはじめとした複数の事業で、日本国内のさまざまな博物館の展示物の英語解説文を制作しています。

解説文を制作する際は、ただ質の高い文章を書くだけではなく、博物館のターゲット層、館内レイアウト、立地、展示物の特徴、展示全体のバランスなど、あらゆる要素を考慮して、解説文の内容を工夫しています。時には、外国人観光客向けの展示のコンサルティングを行う場合もあります。

今回の記事では、そのような経験を踏まえ、最近その数が増えてきているバーチャル・ミュージアムの英語へのローカライゼーションについて考察してみました。実際に国内外のいくつかのバーチャル・ミュージアムを訪れて発見した、見習うべき例、避けるべき例をそれぞれ3つずつご紹介します。
バーチャル・ミュージアムのローカライゼーションはもちろん、外国語でのコンテンツ制作の際にご参考になれば幸いです。

バーチャル・ミュージアムの登場

2020年、全国の博物館はパンデミックにより、厳しい状況に追い込まれました。文化庁によると、2020年には全国の約9割の博物館が緊急事態宣言を受けて一時的に閉鎖を余儀なくされ、その年の入館料収入は半分以下に落ち込んだといいます。
これを受け、同庁は博物館の展示物のデジタル化を進めるなど、博物館への幅広い支援を発表しました。それから2年あまりが経ち、その成果が “バーチャル・ミュージアム “という形で現れ始めています。

良いバーチャル・ミュージアムの条件とは?

良いバーチャル・ミュージアムには、さまざまな側面があります。個人的には、物理的な空間を感じさせることが重要だと考えています。
よくあるパターンは、実際にその場所を訪れるというよりは、オンラインデータベースを検索するようなデザインになっているサイトです。このようなサイトは、調べ物をする際には有用ですが、物理的な空間、ひいてはレジャーとしての博物館の楽しさはあまり感じられません。

また、Google Earthのように、館内の静止画を組み合わせてナビゲーションできるようになっているものや、不動産サイトで使用されるような360°を見渡せるカメラで撮影した館内の様子を見られるバーチャル・ミュージアムも頻繁に見かけます。
しかし、これらは単に館内を撮影した画像を見れるだけのものであって、展示物を楽しむという目的を達成することは難しい場合がほとんどです。

バーチャル・ミュージアムの最大の利点は、海外からのアクセスが可能であることです。
例えば、私は先日、日本の自宅にいながら、ドイツのthe Deutches Museumをバーチャル・ミュージアムで30分ほど見学しました。このバーチャル・ミュージアムは没入感があり、さらに音声ガイドも含めて、サイト全体のローカライゼーションも非常に高いクオリティで行われていました。
まさに、バーチャル・ミュージアムの成功例だといえます。

バーチャル・ミュージアムのローカライゼーションについて、例をもとに解説

今回の記事を書くにあたり、さまざまな博物館のバーチャル・ミュージアムを訪問してみました。解説文だけではなく、3Dモデルや映像を駆使したり、情報を色分けして表示していたり、実際の博物館スタッフが登場して各展示を紹介する仕様になっていたりと、さまざまなデザイン上の工夫例が見られました。

ここからは、そんなリサーチを行いながら実際に遭遇した、見習うべき例・よくある避けるべき例を3つずつ具体的にご紹介します。

見習うべき3つの例

1. 一部のグラフィックのレイアウトやデザインが、読み手にとって自然な形に変更されている

日本語特有の縦書きで作成されたバナー画像
日本語特有の縦書きで作成されたバナー画像

日本語は縦書きでも横書きでも対応可能な言語ですが、多くの外国語は縦書きに対応していません。そのため、レイアウトやデザインを変えずに日本語をそのまま英語にすると、画面を読むためだけにインコのように首を90度回転させなければいけなくなります。

翻訳だけが行われ、レイアウトは縦書きのままの例
翻訳だけが行われ、レイアウトは縦書きのままという例もあった

そのため、もし縦書きの日本語文章を英訳する場合は、下の例のように、レイアウトも横書きに変更する必要があります

英語化する際には、レイアウトも横書きに変更する必要がある

また、日本語のコンテンツは一般的に、右から左に目線が推移していくデザインと左から右に目線が推移していくデザインの両方が存在します。もし前者のデザインのコンテンツを英語化する場合は、後者のデザインにレイアウト変更を行う必要があります。
これは、英語圏をはじめとした欧米豪圏では、ほとんどの場合、左から右に目線が推移していくデザインが使用されているためです。

このようなレイアウト変更を行うだけで、外国人にとって非常に使い心地の良いサイトになります。細かい部分ではありますが、外国人にとって魅力的なコンテンツに仕上げるためには、文を翻訳するだけでなく、レイアウトも含めた全体的な「ローカライゼーション」が必要です。

2. 単純翻訳ではなく、読み手の知識を考え、適宜補足情報を追記している

翻訳や多言語ライティング、多言語に向けたデザインをする際には、常に読者の視点を考慮することが重要です。ソース言語(翻訳元の言語)の読者にとっては当たり前の情報でも、ターゲット言語(翻訳後の言語)では補足説明が必要な場合があります。
例えば、History.comでは、サンタクロースをこのように紹介しています。

「サンタクロースは、聖ニコラスまたはクリス・クリングルとして知られ、クリスマスの伝統に彩られた長い歴史を持っています。」

しかし、読者が「クリスマス」を知らない場合、この説明はあまり役に立ちません。

同じように、名詞によっては、英語圏の読者にすぐに理解してもらうために、少し補足的な文脈を必要とするものがあります。例えば、あるバーチャル・ミュージアムでは、「琵琶」について以下のような説明がありました。

“This biwa, a type of musical instrument”

「琵琶というものがあり、それは楽器である」ということを伝えるためには、“biwa”のみでも、”musical instrument”のみでも十分ではなく、その両方を伝える必要があります。しかし、単純翻訳だと、これらのどちらか一方のみの表記となっている場合が少なくありません。
日本固有の言葉などに言及する際は、その名前の発音と意味をどちらも伝えるために、このように、翻訳表記の形式を「ソース言語のローマ字表記+意味を伝える翻訳」とすることが望ましいとされています。

3. ソース言語の内容の調整(=単純翻訳にこだわりすぎない)

読み手の立場を考えるということは、読み手が持っている情報、持っていない情報を把握するだけでなく、その文脈に合った文体で書くことが大切です。状況に応じてさまざまな表現が使われますが、それらの決まりごとは言語ごとに同じではありません。

実際にあった、博物館の石膏アートの作り方についての短い動画の字幕を見てみましょう。

日本語字幕:当館の体験キットを使って、鏝絵の作り方をご紹介します。
英語字幕:Here is a simple guide to making plaster art.

元の日本語の字幕を英語に単純翻訳すると、“This video will introduce how to make plaster art using the kit provided by the museum.”のような英文となるでしょう。しかし、この英文は字幕としては長すぎることに加え、非常に不自然でぎこちない印象を受けます。

一方、この動画についている英語字幕の”Here is a simple guide to making plaster art.”という文章は、元の日本語字幕の単純翻訳ではありません。
翻訳者と字幕製作者の「元の日本語字幕の意味をよく理解したうえで、読み手にとって最も自然に感じられ、さらに情報も正しく伝えることができる英語字幕を作成しよう」という意図が感じられます。

「ぎこちなくても、意味が伝わればよい」と考える方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、余計なことを考えず、目の前の説明に集中できるということは、情報を伝える側・受け取る側の双方にとって大きなメリットがあります。

よくある避けるべき3つの例

1. タイトル、固有名詞など統一されていない

大きなローカライゼーション・プロジェクトでは、プロジェクトマネージャー、複数の翻訳者、字幕制作者、チェッカーなど、多くの人々でチームが構成されることがあります。場合によっては、複数の会社が別々の作業を分担することもあります。
その結果、同じ言葉が異なる表現で翻訳されてしまうというケースが多々あります。
一つの事柄を指す際に複数の異なる表現を使用することが望ましい場合も中にはありますが、一つの表現に統一したほうが望ましい場合も数多くあります。
例としては、博物館の展示物や館内エリアの名前です。あるバーチャル・ミュージアムで発見した例を見てみましょう。

このミュージアムでは、「展望ロビー」のことを館内マップでは”Lookout Room”と表記していました。一方、館内の紹介動画の英語字幕では、”Observation Lobby”と表記していました。

“Lookout Room”も”Observation Lobby”も英語として間違いではありませんが、この場合は同じ表現で統一するのが望ましいでしょう。
このようなミスはユーザーの目に留まりやすく、サイトに対する印象も損なわれます。このような事態を避けるためには、チーム内での良好なコミュニケーションと細かいチェック能力が必要となります。

2. 展示物の順番を示すものが無い

ミュージアムを訪れたお客さんにとってあまり馴染みのない内容を紹介する場合は、まず「いつ」「何が」「なぜ」について説明することが重要です。
例えば、「仏教と日常生活のつながり」がそれに当てはまります。
日本人の多くは僧侶、寺院、経典や日本の歴史などについて最低限の知識を持ち合わせています。
そのため、ガイダンス(順路)がなくても、自分で展示物の順番に見当をつけて自由に見学ができます。

しかし、外国からの訪問者の中には、そのような基礎知識がまったく無い状態でやってくる人々も多く存在します。
そのため、展示物を順序立てて分かりやすく展示すること、またその順路をはっきりと示してあげることが大切です

これは、実際の博物館の中でも、バーチャル・ミュージアムの中でも同じです。

日本人向けの展示を作る感覚でいると、そのような基本的なことに気がつかない場合があります。しかし、これはサイトの使い心地を大きく左右する重要な点であるといえます。

3. 外国人向けの解説文として、情報が十分でない

ネットコンテンツの最大の強みは、基本的にその長さに制約がないことです。これは、博物館内に見られる展示パネルやパンフレットとは大きく異なる点です。
そのため、補足説明を十分に行うスペースが確保できます。バーチャル・ミュージアムは、この点を活かすべきだと考えます。

例えば、あるバーチャル・ミュージアムの展示物のひとつに、聖徳太子の小さな像のレプリカがあり、その英語解説文は次のような文章から始まっていました。

This statue was created in accordance with the worship of Prince Shotoku, which was experiencing a revival in the Eison school of Buddhism of Saidaiji Temple…

この説明はおそらく日本人向けの日本語解説文から単純翻訳を行ったものでしょう。
なぜなら、「聖徳太子とは誰なのか」、「なぜ信仰の対象となっているのか」などといった基本的な疑問に対する答えが含まれていないからです。

日本人ならここで引っかかる人はあまりいないでしょう。
しかし、多くの外国人観光客は、この説明を読んだとき、まず上記のような疑問を抱くと考えられます。
そのような問いへの答えが含まれていないと、この像の価値を理解することが困難になります。また、その後の説明も理解しにくくなるでしょう。
展示パネルやパンフレットであれば、与えられたスペースに収まるように情報をよく選別する作業が必要になりますが、バーチャル・ミュージアムの場合は、必要な情報はなるべく盛り込んだ方が良いでしょう。

また、この問題を解決するためには、単純翻訳ではなく、オリジナルの解説文を作成することをおすすめします
これにより、日本語解説文では無かった必要な補足情報を含めた外国語の解説文を作成することが可能になります。


以上、バーチャル・ミュージアムの展示を作成するにあたって見習うべき例と、よくある避けるべき例をご紹介しました。
もし読んでみて疑問に思った点や、ご不明点、またバーチャル・ミュージアムを含めた博物館の展示・多言語化に関するお問い合わせなどがございましたら、お気軽にお問い合わせください。

過去の関連記事:
外国人に分かりやすい多言語解説文とは 〜文章の構成①〜
外国人に分かりやすい多言語解説文とは 〜文章の構成②〜
「戦国時代」は英語でどう表記すべき?
地域の魅力を伝える英語解説文とは


多言語ライティングや、実績一覧をご紹介しています(PDF)

「インバウンドまちあるき促進」など、観光庁補助金事業を活用した事例のご紹介(PDF)