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観光地の英語解説文作成は、AIによる機械翻訳で十分か?

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KawagishiC.

「AIによる機械翻訳」と聞くと、どのようなイメージをお持ちになるでしょうか?

今やAIは、学校の宿題、大学のレポート、面接のスクリプトといった事から、イラスト、映画のワンシーン、ドラマの脚本などにも使用されています。そのため、このままAIが人間の仕事を奪うのでは、という懸念の声もあります。実際に、ハリウッドを大きく揺るがした全米脚本家組合による2023年のストライキでは、AIが人間の職を奪わないことが一つの大きなテーマでした。

アメリカでライターによるストライキがあったように、翻訳者も職を失う懸念を有しています。翻訳は言語に深く関わるもので、一言に翻訳といえど、日常会話から、ビジネス文書や小説に至るまで幅広く、求められる翻訳は其々全く異なります。実際にはAI翻訳で、これらすべてに対し良質な翻訳を提供するのは難しいでしょう。

それでは、弊社でよく扱っている観光地のPR文や解説文の場合はどうでしょうか?
ChatGPTでの英訳を例に、AI翻訳による観光地のPR文を一緒にみていきましょう。

(※日本語の文章例は、鳥取県の公式ウェブサイトより引用させて頂きました)

AIによる「通常の英語翻訳」

まず、下記日本語原文に対して「英語に翻訳してください」と依頼してみました。

【日本語原文】

長い年月をかけて作りあげられた砂と風による奇跡の造形美「鳥取砂丘」。あるときは豪快に またあるときは穏やかに、季節や時間を変えて様々な表情を見せる。世界に誇る最大級の起伏、遮るもののない砂の大地、青い空と紺碧の日本海が広がっている。

【ChatGPTの翻訳】

The Miracle of Formative Beauty Created Over Many Years by Sand and Wind – Tottori Sand Dunes. Sometimes grand, sometimes gentle, it shows various expressions changing with the seasons and time. It boasts the world’s largest undulations, an uninterrupted expanse of sand, and the blue sky stretching over the deep-blue Sea of Japan.

ネイティブとして率直に言わせていただくと、全体的に「AI翻訳された文章」という印象です。

一文目をタイトルとして認識し、単語の頭文字が全て大文字になっています。三文目の “it” の使い方も不自然で、更に”blue” を二回使用しています。

これはさすがにAIの実力を出し切っていないはずだと思い、次はChatGPTへの依頼方法を少し工夫しました。

AIによる「クリエイティブ翻訳」

同じ日本語原文を入れ、今度は「英語にクリエイティブ翻訳してください」と依頼しました。

【ChatGPTのクリエイティブ翻訳】

The Sands of Time, sculpted by the miraculous dance of wind and time, unveil the breathtaking beauty of Tottori Sand Dunes. At times thunderous, at times serene, they reveal an array of expressions, shifting with the seasons and the passage of time. Here lies the world’s grandest undulations, an endless expanse of sand unobstructed, beneath the azure sky and the deep-blue Sea of Japan.

最初の翻訳よりも、はるかによくなっています。
ですが、以下の点が気になります。

・観光地PR文としては、詩のような響きが強すぎる
日本語のPRでは詩的な言い回しをよく見かけます。日本の文化背景を分かっている日本人のみなさんは、その情景を思い描いたり言いたいことを理解したりできますが、訪日外国人向けにそのまま翻訳するのは危険です。
例えば、”miraculous dance of wind and time”(風と時の奇跡的なダンス)では、日本語原文の意味をしっかり捉えられていない上、砂丘の情景も読み手に分かるように伝えきれていません。
これでは、外国人旅行者に魅力が伝わらないどころか、意味不明とさえ思われかねません。

・”expression” という表現
通常、”expression”という言葉は、人や動物に関することや、美術的な表現に対して使われます。しかし、ここでは砂丘という自然に関して使われており、英語的な感覚からすると違和感があります。
意味は理解してもらえても読んでいて不自然さがあり、またイメージもしにくくなります。

・ ”undulations”の使い方
”undulations”は「波動・起伏」という意味です。砂丘に対して使われる場合は、補足説明がないと意味するところが正確には伝わりません。単語自体もよく耳にするものではないので、英語PR文を読むのがネイティブだけとは限りませんし、より容易な表現が望ましいでしょう。

ちなみに、”Here lies~”で始まる最後の一文ですが、この表現はPRなどを目的とした文章ではあまり使われません。何故かというと、お墓を連想させてしまうからです!”Here lies 〇〇”は、「ここに〇〇が眠る」という意味でお墓でよく見られる表現です。

まだ納得のいく形の英訳にはなりませんでしたので、再度、ChatGPTへの依頼の仕方を工夫してみました。

AIによる「英語ライティングに沿った翻訳」

次に入力したのは、「英語のライティングスタンダードに沿って翻訳してください」という依頼です。

【ChatGPT ライティングスタンダードに沿った翻訳】

The stunning beauty of the Tottori Sand Dunes, crafted over countless years by the elements of sand and wind, is truly a marvel to behold. At times majestic, at others serene, these dunes exhibit a diverse array of expressions, shifting with the seasons and the passage of time. Here lies one of the world’s most impressive landscapes, with vast undulations stretching as far as the eye can see, uninterrupted by any obstruction, set against the backdrop of the azure sky and the deep-blue Sea of Japan.

今回も、”Here lies” が出てきましたね。”expressions” と “undulations” も使われています。ですが、その他はより良い翻訳文といえるようになりました。

例えば、”truly a marvel to behold” は読み手の興味を誘う、とても自然な表現になっています。

一方、その “behold”(観賞する)対象である砂丘が、 “stunning beauty”(見事な美しさ)であるという表現は、とても残念です。「見事な美しさ」というのは、個人の主観であり感想です。英語PR文の場合、このような主観的表現を入れるのではなく、もっと具体的で特徴的な描写を入れることが望ましいです。

AIによる「プロモーション用翻訳」

最後に、「プロモーション用に英語翻訳してください」と依頼してみました。

【ChatGPT プロモーション用の翻訳】

Experience the miraculous beauty of the Tottori Sand Dunes, a stunning masterpiece sculpted over countless years by the graceful interplay of sand and wind. From moments of breathtaking spectacle to tranquil serenity, it offers a diverse array of expressions that change with the seasons and the passage of time. Marvel at its world-renowned undulating terrain, boasting the largest of its kind, set against the backdrop of the unobstructed expanse of sand, the azure Sea of Japan, and the endless blue sky.

複数試した英訳の中で、こちらが一番よくできたと思います。”Here lies” はなくなり、より自然な表現になりました。文章の構成も読みやすくなっています。砂丘の形を ”sculpted” と表現し、特徴的な美しいイメージが浮かびます。そして ”undulations”(起伏) ではなく “undulating terrain”(起伏した地形)という表現が使われ、少し分かりやすくなっています。

しかし、違和感が完全になくなったとは言い切れません。こちらの英訳でも問題の”expressions”は修正されていません。

また、”the largest of its kind”(世界中で一番大きい)は、”undulating terrain”(起伏した地形)を指していますが、「世界中で一番大きい起伏した地形」というのは、少し意味が分かりづらいですよね。且つ、日本語原文「世界に誇る最大級の起伏」の英訳として正しくありません。

全体的に良くなったとはいえ、ネイティブ視点でみると、やはり良質な英訳文とはいえません。
PR文の場合は、数ある観光地・体験コンテンツの中で、興味関心を抱いてもらい来訪のきっかけにしてもらう必要があります。「違和感を感じずストレスなく読めること」は最低条件で(そうでなければ途中で他読むのをやめてしまう可能性があります)、更に「具体的・明確に特徴を伝える」ことで、ようやく関心を惹くことに繋がります。
観光地の案内解説文でも、良質な外国語解説文の整備は外国人旅行者の満足度に大きく影響します。
(参考:観光庁「How to 多言語解説文整備」)

最後に

ChatGPTなどAI翻訳品質の大幅な向上には、目を見張るものがあります。しかし、現状のAI翻訳の弱点としては、

①細かな誤訳や、不自然な表現がなくならない
②翻訳の目的や用途を理解して、最適な翻訳が出来ない

という点が挙げられます。

翻訳は、単に意味を正しく伝えるだけでなく、作り手の意図も伝える必要があると考えています。AI翻訳では、原文の「意味」は合っていても、その文章の目的に適しているか、読み手が理解しやすいか、という点まで判断した翻訳レベルには至っていません。

観光地のPR・解説文のように、意図する内容を読み手にしっかりと伝えたい場合には、人の手による人力翻訳が望ましいでしょう。仮にAI翻訳を活用したとしても、最終的には人間の翻訳者による確認、編集を行うことをおすすめします

一方、AI翻訳との上手な付き合い方として、以下の場合はAI翻訳も活用できると考えています。

①単純な注意喚起や、簡単な指示の場合
例えば、下記のインストラクションは、使い方さえ伝わればよいという観点では、AI翻訳を活用すれば十分だと思います。

原文:コインを入れてから、ご希望のお飲み物のボタンを押してください。
AI翻訳:After inserting coins, press the button for the beverage of your choice.
(ご参考までに、上記でももちろん伝わりますが、インストラクションであれば、”Insert coins, then press a button to make a selection” といった書き方の方が自然です。)

②対面でのコミュニケーションの場合
実際に、相手を目の前にしながらとるコミュニケーションの場合には、AI翻訳で多少おかしな表現があっても、表情、身振り手振り、補足情報(例えば現物や、他の文字情報など)で補うことが可能です。

AI翻訳も上手にご活用頂くことで、コスト・時間削減を図ることができるかと思います。目的や内容によって、AI翻訳と人力翻訳とをうまく使い分けるというのが、ベストの方法ではないかと思います。

地域の魅力をしっかりと伝えるPR文、解説文の作成などをご検討の場合には、是非お気軽にご相談ください。

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