奈良ガストロノミーフォーラムに参加しました:食と文化を繋ぐガストロノミーツーリズム
ローカライゼーションインバウンドマーケティング部のブリタニーです。先日、「奈良ガストロノミーフォーラム」という講演会とワークショップの2部構成のイベントに参加しました。参加者の多くは奈良県周辺で農業やレストラン、食に関する体験に直接携わり、地元の食文化に精通している人たちだったので、どのような体験ができるのか、奈良の食の特徴は何なのかを知ることができました。
ガストロノミーツーリズム
フォーラム初日は、3人によるハイブリッド講演会が行われました。春日大社の権宮司を長年務めておられた岡本彰夫氏は神饌(しんせん、神様や神棚にお上げする供物)メニューの歴史的記録などについて、大和伝統野菜農家兼レストラン経営者の三浦雅之氏はソーシャルビジネス・プロジェクト「Project粟」について、そして山形県鶴岡市のアル・ケッチァーノのオーナーシェフである奥田政行氏は地域活性化について発表しました。フォーラム2日目は、ガストロノミーツーリズム研究所のファシリテーター兼アドバイザーの杉山尚美氏によるプレゼンテーションとグループ・ワークショップが行われました。
2022年に、奈良県で第7回ガストロノミーツーリズムUNWTO(国連世界観光機関)ガストロノミーツーリズム世界フォーラムが開催されたことはご存知でしたか?ヨーロッパ以外で開催されたのはこれが初めてでした。この組織は、食と地域の歴史、経済、文化を結びつけながら、観光の可能性を深く掘り下げることを目的に結成されました。ガストロノミーツーリズムは、単においしいレストランがあるというだけでは不十分で、サステナブルで、その地域の深い体験と結びついたものでなければなりません。つまりストーリー性が必要なのです。
杉山氏はプレゼンテーションとワークショップを通じ、このストーリーの必要性を訴えました。第8回UNWTOガストロノミー・ツーリズム・ワールド・フォーラムによると、ガストロノミーツーリズムのストーリーは以下のようなものであるべきだということです:
「ストーリーを語っても、ごまかしたり、無理強いしたり、過大な約束をしたりしてはならない。人はストーリーが大好きで、料理は素晴らしいストーリーを作る。ストーリーは伝統やコミュニティーを尊重し、五感を刺激するものでなければならない。」
昔も今も、文化は食を中心に回っています。観光、というよりトラベルの側面は、ある地域の地元の人にとって日常の何気ない文化を実感することが目的なので、地元の食材を使った、地元の人が美味しいと思う食べ物を求めます。せっかく遠いところまでやって来たので、食を通じてインパクトのある伝統や歴史などを実感することができたら、空腹も好奇心も同時に満たすことができるでしょう。日常と伝統の文化を結びつけたストーリーは立派な観光コンテンツに繋がります。
しかしながら、認識のギャップがどうしても生まれます。日本を訪れる外国人観光客は、「リアル」を求めます。外国人観光客は、「本格的な、地元の人が好きな」レストランについてのアドバイスをよく、日本に住む私に尋ねてきますが、マイナーな地元料理というよりメジャーな、ラーメンや寿司をイメージしているケースが多いです。試してみたい日本食があったとしても、大都市でそれを見つけて満足することが多いです。地元の名物料理がたくさんあることも知りません。神戸ビーフのようなブランド名は認知度が高いですが、日本の特定の地域、特有の米、肉、果物、野菜となると、ほとんどの観光客にとっては単なる 「日本料理 」にしか過ぎません。だからこそ、地元の食材を記憶に残すには、その地域の文化や地理とストーリーを結びつけることが重要なのです。
奈良県ガストロノミーのストーリー
奈良県の場合、外国人観光客の多くが知っている食べ物は鹿せんべいでしょう。
鹿もさることながら、外国人観光客にとって印象深いのは、京都よりも古い都であったことではないでしょうか。しかし、奈良は京都ほど積極的な観光プロモーションを行ってこなかった歴史があります。大和伝統野菜も売るためより、自分で食べるために育てられてきた歴史があるため、あまり馴染みがありません。
ワークショップの準備のため、私は奈良の中心部の西に位置する平群町、安堵町、王寺町地域の郷土料理を調べることにしました。法隆寺や朝護孫子寺のような観光名所や史跡を調べるのに比べ、この地域の食文化について、特に外国人観光客がこの地域の情報を集めるような方法で、多くの情報を見つけるのは難しいと感じました。ありがたいことに、私のワークショップグループにはこの地域の食文化について、とても詳しい参加者がいました。
グループワークでは、その地域から連想することをまとめました。まず付箋に観光に関すること(特に食に関すること)を思いつくままに書きました。グループの中には、レンタルフリースペースを管理する方もいて、料理教室をしているという話も聞きました。ホテルの支配人の方は安堵古代米と付箋に書いていました。米と言えば、王寺町地域交流課の方が、龍田大社(風の神様)、久度神社(火の神様)、廣瀬大社(水の神様)といった農をテーマにした神社巡りを提案してくれました。 他にも、アドベンチャー・ツーリズム、仏教関連、フルーツ狩りなど、いろいろな話が出ました。
私が担当しているライティング事業の中で、インバウンド向けの資料を作成・編集する際には、多くの専門家が発表している情報の中から、テーマを掘り出して、シンプルにストーリーを作成していきます。
今回のワークショップでは付箋にまとめた内容を見て、すぐさま「米」をテーマにした流れが見えてきた気がしました。例えば、安堵古代米のような古代米の品種を理解するため、ガストロノミー体験ツアーの1日目に風、火、水の神様の神社巡りをして、宿泊先で「おくどさん」体験を通して古代米を炊き、また、もち米を使って餅つきもします。翌朝は古代米でおにぎりを作り、その日は修験道コースや冒険の森、あるいはバンジージャンプなどを体験して過ごします。比較的シンプルですが、短い間のグループワークで皆さんの提示したアイデアともリンクしており、満足のいくツアーだと思いました。
もちろん、このような観光パッケージを企画するには、もっと綿密な計画が必要かもしれません。外国人観光客を奈良の田舎に一泊させるために、宿坊に泊まったり、ユニークな写真撮影の機会を設けたり、米を味わうだけでなく、もっと多くの食を体験してもらったりする必要があります。しかし、テーマを絞って、ストーリーをシンプルにすることで、インパクトが生まれることもあります。
食文化とコミュニティー
自分のシンプルなアイデアがどれだけ面白いか試すため、翌週末に奈良へ小旅行に出かけました。フォーラムが終わってから、会場で売られていた古代米を買ったので、昼食用に朝、おにぎりを握りました。魅力的な色彩が、私のおにぎり作りの下手さを補ってくれました。何も加えなかったのですが、ネットでレシピを探したところ、クルミを加えたものがありました。クルミは奈良の神饌(しんせん)の食事にも入っているようなので、奈良らしさが出たかもしれません。今思えば、柿の風味のものでもよかったかもしれません。
たまたま先月、すでに龍田大社の風の神様に初詣に行き、今年の旅の安全を祈願していました。また、以前法隆寺に行ったときに、だるまや聖徳太子の愛犬雪丸のゆかりの地として知られている達磨寺の存在を知っていましたが、足を運んでいませんでした。
というわけで、今回はおにぎりを持って、達磨時の近くの久度神社の火の神様に向かうことにしました。火の神様というよりかは、奈良では竈を「おくどさん」と言うので、竈の神様です(最近、とある人気漫画のファンがよく訪れる神社だそうです)。以前、奈良県柳生町でおくどさん体験をした際、「おくどさん」という地元のニックネームを初めて聞き、かわいいと思ったので印象に残っていました。
久度神社は小さな静かな氏神神社で、お参りしに行った日は運良く「久度マルシェ」の開催日でした。出店もいくつかありました。子どもたちもたくさんいて、ゆるキャラも来ていて賑やかでした。無料で豚汁を配っていたのもラッキーで、古代米おにぎりによく合いました。
豚汁は奈良に限った食ではないのかもしれないし、わざわざ遠出していただくほどのものでもないのかもしれません。しかし、「リアル」を求めている多くの外国人観光客がこのような地域のイベントに偶然出くわして感激し、食べることで地域社会との繋がりを実感しているのを見てきました。もちろん、インバウンド観光客を呼び込むためには、観光体験のアイディアを深く掘り下げ、それを磨き上げることが重要ですが、メインの体験に至る途中の、このような小さなガストロノミー体験が、しばしば日本のリアルな体験として結果的に最も意味のある部分になることもあるのではないかと感じました。