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インバウンド向け文豪コンテンツツーリズム:多言語化の重要性

ローカライゼーション
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LaturnasJ.

インバウンドマーケティング事業部でライター・エディターを務めるラターナスです。

本記事では、訪日外国人観光客やファンの視点から「コンテンツツーリズム」、とりわけ「文豪コンテンツ」関連のツーリズムを探りたいと思います。

文学への入口、聖地への憧れ

私が日本近代文学に興味を持ちはじめたのは、同世代の人々と同じくポップカルチャーを通してでした。

2016年春に、TVアニメ『文豪ストレイドッグス』第1シーズンを観ました。登場人物とその設定に惹かれ、その秋、大学の日本近代文学授業を受けました。読んだ作品は英訳でしたが、様々な作品や文豪について学ぶことができました。どれも魅力的でしたが、実在の文豪に「ハマ」りはじめたのは一年間の留学の頃でした。

『文豪ストレイドッグス』は、現代の横浜を舞台に、中島敦、太宰治、芥川龍之介といった文豪たちが繰り広げる異能アクションバトル漫画です。『ヤングエース』2013年1月号で連載が開始され、2022年2月時点で電子版を含めたシリーズ累計発行部数は1000万部を突破しています。ノベライズやアニメ化など、様々なメディアミックスも展開中です。主要な登場人物はほとんど全員が文豪と同じ名前、誕生日、好物などを持っています。各自の異能力や人物設定も文豪自身のエピソードや作品にちなんだものが多いです。

その一年間、好きなキャラクター(太宰治)の設定を理解したい気持ちが湧いてきて、初めて『人間失格』を読んでみました。そして、人間の複雑な感情を描く太宰の文章に惹かれました。自伝的な小説であることも知り、実在の文豪についても勉強し始めました。なぜそのタイミングで文学にハマったのか、理由はいくつかありますが、共通点を考えれば実在の文豪に触れる機会をもらえたことが大きな影響を及ぼしたと感じます。なぜかというと、「現地」でしか味わえない何かがあったからです。それは後ほど説明する「本物」の力です。

2018年に、劇場版『文豪ストレイドッグス』DEAD APPLEの映画公開を記念するタイアップが実施され、その一つは『文豪ストレイドッグス スタンプラリー in YOKOHAMA』でした。9つのラリーポイントにはオリジナル描き下ろしイラストの等身大キャラクターパネルが設置され、全てのスタンプを集めた人には限定缶バッジが与えられるという企画でした。横浜市営地下鉄で使えるお得な乗車券も販売されましたので、移動しやすかったです。

写真:(左)コラボ乗車券 (中)太宰治の等身大パネル(桜木町駅内) (右)横浜中華街朝陽門前

そのスタンプラリーで、横浜を隅々まで見ることができました。ラリーポイントの中で、横浜中華街、横浜マリンタワー、神奈川近代文学館周辺など、原作と関係がある場所がいくつかあったので記念写真を撮ることもできました。また、横浜はとても綺麗で心地よいところだと肌で感じました。

この例を挙げて注目してほしい点は、神奈川近代文学館がラリーポイントの一つだったということです。つまり、そのスタンプラリーには映画の公開に先駆け、横浜のファンになる機会だけではなく、「本物」である実在の文豪に触れる機会がありました。

■「本物」の力

今振り返れば、初めて生前の太宰の写真を見たのはその文学館内でした。その後すぐに、太宰の作品を初めて読んで、アニメコラボだけではなく、文学館、太宰関連の聖地に行ったりしました。また、他の日本文学を読んだりして大学院でも日本文学を研究したいという願いが生まれました。そして、文学とポップカルチャーを専攻に修士課程に進学して卒業、EXJに就職し、現在に至ります。

写真:(左)神奈川近代文学館(右)文学館内に展示されたコラボポスター

このようにコンテンツを消費し、「本物」について興味を持つようになって旅行へと繋がる現象について研究したことがあります。修士論文では、ディーン・マキャーネル氏の『ザー・ツーリスト』内の「ツーリズム化の過程」と、フィリップ・シートン氏他の『Contents Tourism in Japan: Pilgrimages to “Sacred Sites” of Popular Culture』を取り上げて、文豪コンテンツを消費して「本物」の文豪・文学を探しに行くという現象について論じました。コンテンツツーリズムのメカニズムを簡略化しますと、以下のようになります。

1.マキャーネル氏の「ツーリズム化の過程」によると、コンテンツが観光の対象になると、写真やグッズなどが複製され、価値のあるものとして提示されます。そして、それを見る観光客が「本物」を探すために旅に出ます。

2.シートン氏によると、ポップカルチャー作品とコンテンツツーリズムも同じような機能を持っています。なぜかというと、視聴者が複製であるポップカルチャー作品を消費してから「本物」を探すために観光地を訪ねるからです。

この傾向と過程がコンテンツツーリズムの根本です。

アニメ&コンテンツツーリズムの現状

コンテンツツーリズムは簡単に定義すると、ポップカルチャーの消費によって行われる実在のロケ地への観光ということです。

私だけではなく、日本のコンテンツを消費して「本物」のロケ地を訪ねに日本へ旅立つファンは大勢います。キャラクターたちと同じ空間に立ったり、記念写真を撮ったり、その親近感を感じることはファンがコンテンツツーリズムをする大事な理由の一つだと思います。

観光庁「訪日外国人消費動向調査」によると、2019年に「映画・アニメ縁の地を訪問」した訪日外国人は4.6%(約147万人)でした。2023年上半期の同調査によると、その数は約7%に上りました。しかも、「次回したいこと」としては「映画・アニメ縁の地を訪問」することは10.2%を占めています(2023年4月~6月)。2020年~現在に至るまで、海外で起こっているアニメブームを考えると、この割合は上昇する見込みです。

※Netflixによると、2020年(2019年10月~2020年9月)に世界の1億世帯以上がNetflixで少なくとも1つのアニメタイトルを視聴することを選択し、前年比50%増となりました。アニメタイトルは同年に100ヵ国でトップ10リストに登場しました。

多言語化の必要性

『文豪ストレイドッグス』も2020年の春より、海外では爆発的な人気を得ています。しかし、海外のファンの間では、シリーズに登場する場所が実在している場所だと知らないファンが多いです。なぜかというと、英語をはじめとする外国語での情報は少ないからです。日本側では個人ブログなどで、アニメに登場する場所をピックアップして、その場所の位置と情報を発信して他のファンも実在のロケ地を見に行けるように書かれていますが、それに相当している海外向けの情報源はありません。または、情報があっても「○○都市が××アニメの舞台」という程度で、具体的にどこに行けばアニメに出てくる背景を見ることができるのかは書かれていません。コラボとイベントも国内向けで一時的なものですので、より長期的な企画が必要だと感じます。例えば、横浜での聖地巡礼セルフガイドツアー散策マップ(聖地巡礼のマナー説明も含め)のようなものです。

『文豪ストレイドッグス』のようなシリーズの影響で、日本文学の外国語訳も急増しています。しかし、実在の文豪や文学に興味を持つようになった海外のファンは、翻訳で作品を読んで記念館などへ行きたいとは思うものの、多言語化のコンテンツと情報はない場所が多いです。または、英語のパンフレットがあっても、展示物の解説文は日本語のみです。大半の展示物は書物なので、全ての物を翻訳するには手間がかかると思いますが、QRコードの普及で多言語化の解説文を提供することがより効率的になりました。

例えば、PIJIN開発のQR Translatorを使えば、一つのQRコードから端末の言語設定を認識して多言語の解説文が読み取れます。アクセスアビリティの視点からも、QRコードを使えば展示されている原稿の小さい文字を読めない人もその展示物を楽しめます。このような多言語化を通して、文学館・記念館を文学好き、かつ日本文学についてもっと知りたい訪日外国人観光客によりアピールできるのではないかと思います。

まとめ

以上、自分の経験を踏まえてコンテンツツーリズム、とりわけ文豪コンテンツツーリズムの現状についての考えをまとめさせていただきました。日本語を話せない訪日外国人観光客も日本文学、文化、風景の素晴らしさをバリアフリーで身近に感じ、体験できることを目指して、EXJが携わっている事業に取り組んでまいります。