こんにちは。経営支援部の石原です。もう2020年暮れに差し掛かっておりますが、同じ部の伊奈が記念日休暇を使って七五三詣りをしてきました。少し時間がたってしまいましたが、七五三レポートをご紹介します。

10月23日は記念日休暇をいただき、娘の3歳の七五三詣りに住吉大社へ行ってきました。我が家は、結婚式もお宮参りも七五三も、重要なイベントごとは全て住吉さんにお世話になっています。

住吉大社の石造りの鳥居

 今年はコロナウイルスが流行しているため、11月の七五三詣りの密を避けようと、時期を早め、平日に行くことにしました。七五三は、着物のレンタルもあるし、写真撮影の予約もあるので、お天気が悪いからといって日程変更は困難です。

秋晴れになることを祈っていたのですが…前の晩からあいにくの雨。1時間天気予報とにらめっこしながら当日の朝を迎えました。昼頃には晴れる予報が、中々雨が上がりません。ご祈祷を終えてもまだ本降りに近い雨でドキドキしました。

しかし、何とか写真撮影を予約していた13時半頃には雨が小降りになりました。写真撮影中には光が差してきて、良い撮影が出来ました。撮影が終わった後に、改めて本宮へ参拝をして帰る頃には、全員ヘトヘト(笑)。子ども達もぐったりしていましたが、境内の散策は楽しかったようです。

それではせっかくですので、七五三の由来について、見ていきましょう。七五三は11月15日に子供の成長を祝って神社・寺などに詣でる日本の年中行事です。

 七五三はその名の通り、3歳と5歳と7歳で行う神事となります。通常は、伝統的に「数え年」で行います。「数え年」とは、生まれてから関わった暦年で年齢を表す方法で、生まれた年を1歳として、元日に1歳年齢が上がります。

また、七五三は、男の子と女の子で詣でる年齢が違います。基本的には、
女の子:3歳と7歳、男の子:5歳(もしくは3歳と5歳)です。
それぞれに意味があり、3歳は「髪置きの儀」(江戸時代は、3歳までは髪を剃る習慣があったためそれを終了する儀)、5歳は「袴儀」(男子が袴を着用し始める儀)、7歳は「帯解きの儀」(女子が幅の広い大人と同じ帯を結び始める儀)となります。

元々は全く別の儀だったようですが、七五三として定着しました。11月15日に祝うのは、天和元年11月15日に五代将軍徳川綱吉が、長男の徳松のお祝いをしたからという説が有力のようです。とはいえ、数え年で行うことも、11月15日に行うことも、現在では各家庭の事情によって、様々にアレンジするのが一般的です。

うちの場合は、娘が10月生まれで、数え年で行うと満2歳になったばかりということになり、着物を着るには大変だろうということで、満3歳での七五三詣ででした。

10月参拝としたのは、前述した通り、コロナウイルスの流行という特殊な事情でしたが、寒い地方では気温の問題から元々10月に行うことが多いようです。また、11月15日が平日の場合、その前後の土日に行う家庭が多いようです。

上の息子のときは、数え5歳で11月の日曜に参拝しましたが、物凄く混雑していて、ご祈祷も大行列でした。今回、日付を大幅にずらしてよかったことは、参拝者が少ないので(雨だったこともあるでしょうが)、ご祈祷も待たされないし、写真撮影も他の家族が写りこまないし、ゆっくりとした気持ちで七五三のお祝いをすることが出来たことです。

 最後に着物について。
3歳の女子は、まだ帯を結びません。先に書いたように、大人と同じ帯を結び始めるのは、7歳の帯解きの儀の後。ではどうしているのか?というと、着物を紐で結んだ後、上から「被布(ひふ)」というベストのようなものを着ます。これによって、帯を結んでいないお腹部分を隠すのですね。

現在では、子どものうちに着物を着ることもあまり無いため、この七五三でしか着用の機会がない子どもが大半だと思います。そう思うと、この日の娘の着物の写真が、より感慨深く貴重なものに思えました。

 記念日休暇をいただいたことで、平日に心穏やかに子どもの成長を祝うことができました。ありがとうございました。

※おまけ

千歳飴(ちとせあめ)

七五三のご祈祷を済ませると、神社から千歳飴という長い飴をいただきます。紅白の2本の飴が入っていることが一般的です。「長く」そして「粘り強く」いつまでも元気で健やかに成長しますように、という願いが込められた飴です。

また、「千歳」という言葉は「千年」を表し、長寿やおめでたい意味があります。