お問い合わせ

エディターズコーナー落し穴に陥らない:翻訳ミスを避けるための4ステップ

ローカライゼーション
profile

B. Craine

英語の辞書の上にENGLISHと書かれた単語帳とペンが置かれている

こんにちは、ライティング・コンサルティング部のBrendanです。

2021年がスタートしたと思ったら、あっという間に1月も後半です。

みなさんは2021年の目標を決めましたか?私の同僚からは、「今年こそ英語を勉強してちゃんとしゃべれるようになる!」という決意の声を聞きますが、私は英訳家としてのスキルをブラッシュアップしようと思っています。

さて話は変わりますが、「いい翻訳」をするには、どんなプロセスがあると思いますか。

「プロはプロセス」というのが翻訳家としての処世訓ですが、プロセスはそんなに大事なことでしょうか?日本語を英語にするという単純作業じゃないですか?と思っている人もいると思います。

まずは、「いい翻訳」の定義を定める必要があります。翻訳には、「機械翻訳」、「校正」、「ネイティブチェック」、「プルーフチェック」等、工程が山ほどあります。しかし、そうした工程を経て制作された結果を的確に評価する方法があるでしょうか?

人によっては、「通じればいい」という単純なスタンスの方もいるでしょう。
一方で、プロとして翻訳をやっている人にとっては、原文の意味合いがすっきりと伝わり、読み手が違和感なしで文章を読むことができないと、いい翻訳だとは言えないでしょう。

単語の意味を完璧に対象言語で表せても、選んだ言葉が文章に合っていなければ腑に落ちてこないし、いくら自然な言葉遣いであっても意味が間違っていたら台無しになるものです。
最悪な場合、「麦茶が出る蛇口」のような変な翻訳を出してしまう可能性もあります。(蛇口のことは、第3弾でお話します。)

そこで私はいい翻訳を出せるように、4つのステップを踏みながら作業することにしています。
各ステップを完了するには原稿の長さや難易度によって所要時間が異なりますが、数秒だろうが数時間だろうが必ず下記の4つのポイントを考えながら進めます。

①原文の理解を確かめる
②文面の理解を確かめる
③対象文の適切さを確かめる
④表現の適切さを確かめる

この4つの工程は私が考えたもので、イメージしにくいかもしれませんので、それぞれ掘り下げてみたいと思っています。今回は①と②について自分の考えをまとめてみます。

①原文の理解を確かめる

まず、「原文の理解」とは、
例えば、和英訳(日本語から英語へ翻訳)の場合だと、私が日本語を正確に読み取れているかどうかということです。プロの翻訳家にとっては、なくてはならない根本的なスキルです。

例えば、書寫山圓教寺のライティングをした際、次のようなミスがありました。常行堂の解説文において、「常行三昧(じょうぎょうざんまい)」のことを「常行三味」(じょうぎょうさんみ)として読んでしまいました。

そのまま調べても情報が出てこなかったのは当然ですが、「三味」というのが「三味線」の略なのかもしれない、「常行三味」は三味線と関係があるのでは?もしかするとお坊さんが三味線を弾くのでは?と思い込んでしまいました。

そのため、最初の初歩的な躓きによって、書き出すのが難しくなり、タイトなデッドラインの中で一時間ほど無駄にしてしまった経験があります。

常行堂の解説文。常行三昧について、ひたすら阿弥陀仏の御名を唱えながら、本尊の周りを回る修行ということが書かれている。

図 1 この日本語に一時間も引っ掛かっていました

また、「表現」の翻訳は特に気を付けないといけないことです。

例えば、「親の脛(すね)を齧(かじ)る」という日本語があります。
ご存知の通り、「親に依存する」とか「親の資金をあてにする」という意味です。しかし、私のような英語ネイティブにとっては思いがけないワナが隠れています。

英語にも「ankle biter」(足首かじり)という言葉があります。
日本語の「親の脛を齧る」とかなり似ているような表現ですが、英語のankle biterは意味が似ていながらも異なります。
その言葉の意味は「子ども」で、「ガキ」というようなニュアンスを含んでいます。

「すねをかじる」と「足首かじり」という両者の意味は一見すると意味がそんなに違っていないので、勘違いに気づかない可能性がありそうです。
表現を調べずに、日本語だけをみて、「この表現は英語と共通しているじゃないか!」と思って訳すと、意味が相当歪んでしまう結果になります。


昨日まで親の脛をかじり、遊び惚けるだけの存在だったのが、就職が決まったとたん、出撃の朝の神風特攻隊パイロットのような、悟りと諦めとがいり交じった顔になる。 (阿川尚之 『アメリカが嫌いですか』)


「原文の理解」が乏しい場合、この例文にあてはめて考えると、文頭が「昨日まで子どもは、遊び惚けるだけの存在だったが、」というような意味の英語にされてしまう可能性があります。
このような例を見れば、「原文の理解」がいかに重要か分かるかと思います。

②文面の理解を確かめる

さて、次に②の「文面の理解」とはなんでしょう?

こちらは言語そのものというより、文化理解度の問題になります。言ってみれば、辞書に書いてある言葉の定義と、その言葉が実際に使われている場面での意味との違いを指すかもしれません。

ある言葉は文脈によって、意味合いがかなり変わってくることがあります。
私は翻訳家としては主に和英訳を取り扱っています。仕事の面で日本語から英語にする経験がメインですが、日常生活ではもちろん英語の考えを日本語で表現する必要があり、時々困ることがあります。

ペットのウサギの去勢手術の予約時に戸惑った話…

例えば、私は数か月前からウサギを飼っています。
そのウサギは雄ウサギで、大きくなってからも、わんぱくで落ち着きがありません。
その行動を調べた結果、去勢手術をさせない限りホルモンの影響で興奮傾向にあり、大人しくならないということが分かりました。

そこで手術を予約するために、獣医さんへ電話を掛けました。
すると、獣医さんに「去勢の理由をお伺いしたいんですが」と急に聞かれました。私はその際に頭が真っ白になってしまいました。

理由は「性欲いっぱいで落ち着かない」と端的に説明しても問題ないかな?という考えが一瞬よぎり、同時にその説明は何だかわいせつな気がしたからです。
数秒間沈黙があり、もう返事しなければ気まずくなりそうなところで私は「えーっと、メスのウサギがいないから」と遠回しに答えると、「交配させる予定はありませんか?」とまた問い詰められました。

結局、正解は「元気すぎるから」という答えでよかったようです。

そのようなありふれた言葉を使えばよかったと友達に教えてもらったのですが、少し戸惑ってしまいました。
「元気」は挨拶などによく使用している言葉ですし、「おばあちゃんはいつまでも元気だね」とか「子供たちは元気でなにより」というような家庭的なフレーズがあります。一方で、ウサギちゃんの興奮状態を説明するためにも使えるとは、英語圏ではありえないことだからです。

「文面の理解」を言い換えてみると、「辞書に頼らないこと」とでも定義できそうです。
「元気」という言葉は和英辞典で引いてみれば「lively」や「energetic」などの英語がよく書いてありますが、「性欲いっぱい」というニュアンスは実際に言葉をいろんな場面で聞いたり使ったりしないと全然分かりません

私の考えている「文面の理解」はまさにこのような経験の深さからくるのではないかなと考えています。
したがって、日本語をベースにして英訳する時も同じ様に、「うちで飼っているウサギは最近元気すぎて手を焼いている」という文章は、なるべくすべての意味を意識して訳さないと、いい翻訳と言えないでしょう。

「文面の理解」を確かめるには決まった方法がありません。
しかし、文面を正しく理解していれば原文が英語とカチッとうまくはまり、頭の中でしっくりきます。
自分の訳文について疑問を感じていると、①と②のステップのどこかに必ず間違いがあります。

今回とりあげた内容は、原文への理解度に関わることでした。
次回は対象言語に変換する際の③と④の注意点を掘り下げていきます。