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yasuhiro kawamoto

Name: Yasuhiro

皆さん、こんにちは。
取締役の河本です。
28年間最大手保険会社で勤務し、労働組合中央執行委員・本店団体保険課長・名古屋支社担当支社長等未熟者ながらいろいろ貴重な体験をさせていただきました。
30才にして立ち40才にして惑い50才で天命を知ってしまったのか、エクスポート・ジャパン株式会社に来て早4年、今やITベンチャー企業の人間になりました。
弊社は普段ネクタイ・スーツ姿でないので、通勤途中で知人に会うと今日はお休みですかと聞かれ、いいえこれが仕事着ですと平然と答え、ネクタイをたまにするとすごくきついなと思い、肩のこらない服装で仕事をすればよいと考えるようになりました。
また友人たちからは思い切って転進し、転勤もないし自己実現できていいなとうらやましがれてもいますが、財務・人事・総務担当で多国籍多文化の方と接しているので、なかなか大変な面もあります。
ですが、日々外国語やIT文化に接しつつ、最先端の開発ノウハウを持った若者たちと楽しく刺激的な毎日を過ごしていけるのは大きな幸せです。
弊社はまだまだ発展途上の小さなベンチャー会社ですが、東京・大阪・中国に事務所を構え、将来への希望と活気に溢れた職場です。
世の中不景気でデフレスパイラルの中、弊社は「IT」と「国際化」という二つの時代のキーワードにうまく乗れ、直近3年で公的機関や内外大企業の取引先が増加し売上2.3倍と急伸中ですが、こういうときこそ好機魔多しと気をひきしめ、固く運営しようと努めています。肥満薄命を肝に銘じてダイエット中ですので、えさを与えないでください。

yasuhiro kawamotoのアーカイブ

漢字といふ文化

2010年 5月 12日

弊社は、日本の製品・技術や文化を海外向けに情報発信をしている。
最近は、アジア圏への経済成長率期待からアメリカ・ヨーロッパ向けよりも、中国・韓国向けの引き合いが急増している。
日本・中国・韓国は漢字という共通文化で結びついているが、その漢字は時代の変化につれそれぞれ変わり、中国本土は簡体語、台湾・香港は繁体語、日本では昔の旧漢字ではなくなり、韓国はもう街の看板はハングル文字で漢字を見ることが減っている。
漢字の意味ももちろん異なってきて、手紙は中国ではトイレットペーパーの意味であるから手紙は信と信じるとか、飲食店でメニューに手炒鳥と書いてあるので手羽先唐揚げと思って頼むと鳥の指が出てきて、いつも食べている手羽先は手ではなく腕の先(翼尖)とわかったりといろんな間違いを経験する。

漢字が日本に伝わったのは、7世紀頃である。
それまで日本には文字がなかったので飛鳥時代(藤原京)までで現存しているのは壁画とかの絵ばかりである。
漢字という記録媒体を知った日本人は、今のインターネット以上に便利な物と驚喜したことであろう。
8世紀になって、古事記(712年)・日本書紀(720年)・万葉集(780年頃)・木簡(送り状等簡単な記録)等次々と当時の日本の記録が残されているのである。
漢字が多く伝わったのは、大陸から仏教の経典を通してである。
伝わった仏教の経典の数は5000巻以上であるから、キリスト教やイスラム教の聖書・経典は1冊であるのに比べ膨大である。
当時の中国は隋から唐に変わり、朝鮮半島では新羅が唐と組んで統一した頃である。
街づくりからして慶州・奈良とも中国の都西安(長安)をみならったこと等からもわかるとおり、当時の3国は非常に似ていることが多いのである。
伝わった漢字を日本はカスタマイズ(現地化)して、和風にしたのである。
古事記は、和言葉を漢字の音読みの発音に合わせて記述されたが、日本書紀は唐言葉(漢文)で書かれた。そして、伝わった漢文は返り点をふって日本語読みに代え、漢字(真名)からカタカナ(片一方だけ仮名)とか女性用のひらがな(やさしい仮名)を創作し、独自の文化を形成した。

ちょうど1300年前の平城京遷都祭や慶州の仏国寺・石窟庵を見たり、鑑真和尚の来日教化の苦労を聞くにつけ、漢字が共通であった時代はひょっとしたら言語や文化の壁はもっと低かったのではなかろうかと想像してしまうのである。


“Representative Men of Japan ”「代表的日本人」今昔

2009年 12月 9日

今から100年前の1908年4月に内村鑑三によって刊行された英文著作”Representative Men of Japan ” (代表的日本人)に次の5名の日本人がデンマーク語・英語・ドイツ語で紹介されています。辞書も満足になかったろうに素晴らしい語学力です。
「西郷隆盛」「上杉鷹山」「二宮尊徳」「中江藤樹」「日蓮上人」が紹介され、訳書でわずか180ページほどの内容ですが、素晴らしく感動を与える本です。
童門冬二も大変感動し、「小説 西郷隆盛」「小説 上杉鷹山」「小説 二宮尊徳」「小説 中江藤樹」「小説 日蓮上人」を自身で刊行し、より読みやすく物語っています。

“Representative Men of Japan ”は日本人を紹介することで、日本文化、価値観を紹介した本です。
100年前、世界の文明国はキリスト教社会であり、日本の道徳、文化が理解されがたかった時代に、日本人には宗教がないのかそれなら道徳教育はどうなっているのかとの外国人の問いに対する答弁書の新渡戸稲造「Bushido」とともに、日本人を世界に知らしめ感動を与えました。
フランスのクレマンソー首相が本著を読み、健康さえ許すならば日本に行き内村と話したいと語り、後のケネディ大統領がこれを読んで、「政治家として最も尊敬する人は上杉鷹山」と語った話は有名です。

では、今私たちが世界に紹介したい“Representative Men of Japan ” 「代表的日本人」は誰でしょうか?

「イチロー」「北野武」「石川遼」「小澤征爾」「鳩山首相」???
ウーム、ちょっと違うかも・・・
かつて世界の○○と呼ばれ、今も世界中を飛び回っておられるMさんにお聞きしました。
“What is Average Impression of Japanese Men? ”
“It’s SUKEBE-!”
” ウームWoods!”(これはウームとうわさのWoods(タイガーウッズ)をひっかけた大阪名物「おっちゃんのだじゃれ」です。)

日本には実直で努力家の素晴らしい方がたくさんいるのに残念です。

本社近くの「大阪企業家ミュージアム」で企業家の偉業をたくさん発見しました。
電気代が高価でソケット数で電気代が決まった時代に二股ソケットで売り出した「松下幸之助」
武田薬品・塩野義製薬等近所の漢方薬局屋が西洋薬へ転換した時代にカレーの材料の香辛料がほとんど自社で取扱っている漢方薬と同じと気づきそれならとカレーを広めた「ハウス食品」
自社製品のペンシル名から社名を「早川電気」から変えた「シャープ」etc

世界の人がまだまだ知らないストーリーや日本の良さ、さらには日本の主張や心情を言語の壁を越えより世界に広めることができれば、日本や日本人・日本企業のイメージをアップすることができると思います。


「首相官邸」ホームページ英語版について

2009年 12月 4日

鳩山首相の「首相官邸」メールは時々日本の新聞でも報道され、昨日は、首相が「総理執務室机の横に電光掲示板を設置し、為替レートや株価を気にされ、緊急に何らかの手を打たねばならないと強く感じました。」と書かれていたことが記事に取り上げられていました。

「首相官邸」ホームページにはPrme Minister of Japan and His Cabinetという英語版があります。

日本語版については大変多くの人に見られ反響が多いのに、英語版はどうでしょうか?

実は、この英語版があまり良くないのです。

これは英語HPを作成した経験の少ない方が作られたようで、大きな過ちだけで次のような箇所があります。
1.文字コードがJIS(Shift JIS)で作成されているので、英語ブラウザを使用している人が読めない場合があります。
2.スペルミスや大文字小文字の使用法に間違いがあります。
3.問い合せ(Contact Us)フォームの表現が不適当です。
4.他の政府系サイトとのリンクが切れています。
その他細かい点ではたくさんあります。

弊社代表が「首相官邸」ホームページを見た瞬間にこれはダメだと判断し、弊社ニューヨーク出身アメリカ人による簡単なレビューを付け加えて、早く修正いただくようメールで連絡させていただきました。

これが1ケ月以上前の話で担当の方には伝わったはずですが、未だに直っていないのです。

弊社アメリカ人メンバーはアメリカ大統領選挙戦の真っ最中からオバマ候補のホームページに着目し、みんなから意見を求める欄に意見するとすぐ返事が帰ってきて興奮し、こりゃ寄付金がたくさん集まるわけだと感心していました。

首相官邸ホームページ英語版が早く改善されるよう祈っています。


やっちゃんの日本食文化体験記 番外編

2009年 12月 3日

先日、保険会社時代の卓球部のメンバー(選手以外)と会ってきました。
13年ほど前、初めて全日本女子シングルス・ダブルス・団体戦を制したときのスタッフメンバーです。
そのとき、中国国体で2度優勝したHさんを選手兼コーチで中国から迎えました。
既に元世界チャンピオンがライバルのI銀行さんやM電器さんには来ていました。
Hさんは中国チャンピオンなのに何故中国でオリンピックや世界選手権の代表に選ばれなかったの?そのときの答えは、心が弱いからでした。確かに他の世界チャンピオンは心(気)が強くスタッフはさぞ大変だったろうと想像できるので、私は恵まれてました。

Hさんは心やさしくチームメンバーに全ての卓球技術と心構えを教え育てつつ、本人は日本リーグで61連勝しました。未だに日本リーグで破られていない大記録です。相撲で言うと白鳳・朝青龍より上で、双葉山よりちょっと下の連勝記録ですね。
それまで世界レベルのサービスのレシーブさえできなかったチームはその後連覇を重ね、今や不動の日本最強チームです。おかげで、みんな卓球界で出世しました。
日本チャンピオンに二度なったA・Sさんはそのとき20歳で練習場で寝転がって駄々をこねていましたが、今は日本を代表する大学チームで選手に怖がられている名監督です。
M監督は今や全日本チームの監督で平野早矢香さん、福原愛ちゃん、石川佳純ちゃんの不動のメンバーを率いてロンドンオリンピックで初のメダル獲得を狙っています。
Hさんのご主人Sさんが仕事で日本に来たので、久しぶりに会って昔話がはずんだのです。

どこに行こうか?
ホテルの地下に「ざうお」という釣堀魚料理店があるよ。
Sさん生魚ばかりでも大丈夫かな?
鍋もあるから大丈夫です。
釣るのめんどうくさいから8種盛りにしましょう。
中国では刺身はどんなのがあるの?
日本人が一万人いる大連でも「まぐろ」「サーモン」「帆立貝」「タイ」くらいしかないです。
ここは目でも楽しめるから中国人にとっても良い店です。
なるほど、だから中国人の観光客も多いんですね。
ところで、先ほどの中国人ツアーの人達はなんて話していたの?
「ここのホテルの部屋の広さは自宅のトイレより小さいよ」でした。
「中国では、マンションの広さは150㎡以上もあって、買った後で内装も間取りも自分でするから20㎡以上のシャワー付トイレも可能ですね。」

「明日は神戸に行って、神戸ステーキを食べると言っています。」
「でも絶対、本物のA4特級ランクの神戸ステーキとは違うと思います。外国の人には是非本物の味を知って欲しいなあ」

「M監督、この前のインドでのアジア選手権はどうでしたか?」
「日本チャンピオンの平野早矢香が北朝鮮にいきなり0:3でストレートで負けてびっくりしました。北朝鮮の選手は初の国際試合で、初めて北朝鮮から外国に出た人ですよ。
日本の選手はお腹をこわしたらいけないので、日本食を200食持ち込んで食べました。日本のレトルト食は種類も多くて最高ですよ。」
「そういえば昔大分で、ふぐの肝食べましたね。おいしかったなあ。でもこの前、東北地方でふぐの肝食べて死んでいましたよ。」
「天然ふぐは、水俣病と同じく食物連鎖で毒のあるヒトデ等をえさで食べて体内に毒が蓄積されるのです。大分県の沖だけ毒をもったヒトデがいないので大分では天然ふぐの肝を食べてもいいけど、他で食べたらだめですよ。世界ではなんでもがつがつと食べてはいけませんよ。」
「そういえば中国で鳥の手のから揚げを頼んだら、本当に指のついた足の平(ひら)部分が出てきましたよ。手羽先ではなかったですね。」
「手羽先の部分は腕です。手羽先や手羽元は腕で手ではないでしょ。」
「なるほど。」
そんなとりとめもない楽しい一日でした。


やっちゃんの日本食文化体験記 その6

2009年 9月 14日

神戸は、神戸ステーキで有名ですが、そのほか中華料理やエスニック料理でも有名です。

私の友人に中国の元卓球チャンピオンHさんがいます。
中国で卓球は日本での野球・サッカーと同じくらい人気スポーツらしいです。
ですからHさんは日本に住んでいたとき中国人名士の知合いが多かったです。
Hさんの友人にお国から中華料理特級シェフの免状をもらったSさんがいました。
特級シェフの免状を持った調理人は日本に何人も来ていないくらいすごい腕の人らしいです。

Sさんは神戸元町の有名中華料理店のシェフです。
それで、友達を大勢連れて、何度か行きました。
でも・・・・
それほどおいしくないのです。
おいしくないと言ったら失礼すぎますので、言い換えると普通だったのです。

それで後日Sさんに聞いてみました。
どうしてですか?
その答えは2つでした。
1.材料が違う。
2.オーナーから日本人向の味付けを指示されていてオーナー(中国人)の思っている日本人好みの味がこれなんです。
今度から、来られるときは事前に連絡してください。
なるほど・・・
でも、その店は今はもうつぶれてありません・・・

神戸出身直木賞作家のTさんは、「秘本三国志」「諸葛孔明」「耶律楚材 」数々の著作で有名ですが、「茶の話し」という食の話しも書いておられます。
昨年、車椅子になられるまでは時々ジムの「水中ウォーキング」でご一緒でした。
著作や出版の話やら中国人気質の話しやらさせていただきました。
本当になんにでも知識豊富でいらっしゃいます。
そこである日次のように聞いてみました。
Q「神戸には東天閣やら第一樓やら別館牡丹園やらたくさんの中華料理店がありますが、先生の一番おすすめの中華料理店はいったいどこですか?」
A「どことは言えませんね。一緒に行く人・目的・予算・食べたいものによって違いますからねえ。」

なるほどです・・・・

結局、これまでの人生でグルメに関してわかったことは、「馳走」でした。
先ず、良い食材を求める。(北区の神戸農業公園にまで有機野菜を買いに行ったりします。)
そして、良い天然水を汲みに行って良い出汁をとる。(日本100名水の内50箇所くらいに行きました。)
そして、相手のことを想ってつくられた料理がなにより最高だと。

外食するときは、まずは気に入った店となじみになる。
そして、好みを伝えられるようにする。
「この前すごくおいしかったですが、少しだけ僕には味が濃いかったです。」
「肉ちょっと苦手なので、野菜と魚でお願いします。魚何がでてくるか楽しみです」
「ありがとうございました。すごく今日の果物おいしかったです」etc

こんな毎日ならきっと幸せでしょう。
健康で幸せな毎日が永く続きますように・・・・・          


やっちゃんの日本食文化体験記 その5

2009年 6月 22日

「前回の東京近郊の関東なら、もっとたくさん推薦場所があります。
1.日本一おいしく由緒あるうどんは讃岐ではなく、関東の○○です他・・」
の続きです。

日本一おいしく由緒あるうどんは、群馬の水沢うどんです。

日本三大うどんとは、水沢うどん 稲庭うどん 讃岐うどんです。

水沢うどんは、群馬県・伊香保温泉のすぐそば水沢観音近くにあります。
そもそも群馬は良質の小麦の産地で、上毛電気鉄道の沿線はうどん街道と言われているくらいおいしいうどん屋さんが多いです。
http://www.ftnet.or.jp/udonkai/

水沢うどん13店のうちの1軒「元祖田丸屋」は 創業天正10年(1544年)です。
東京オフィスお弁当で食べた「日本橋 弁松総本店」は創業 嘉永三年(1850年)でしたから、それより300年前、今からは465年前になります。
ちなみに嘉永三年は、江戸時代末期で松浦武四郎が日本人で始めて国後、択捉を探検した年。
天正10年は、なんと安土桃山時代、本能寺の変で織田信長が亡くなった年です。

でも、田丸屋は元祖だった。一番古い店ではなかった・・・
そして、元祖の上にはもっともっと上があった・・・

それは本家ではありません。

始祖でした。そう・・始祖鳥の始祖です。
水沢うどんの始祖 清水屋が本当の日本一おいしく由緒あるうどんでした。
清水屋は僕が今まで一生で食べたうどんの中でもっともおいしくて、そして由緒ある店でした。

ここは、うどんではなく、「うむどん」といいます。
「始祖 清水屋」のうむどんを食べることなくして、うどんを語ることなかれです。
http://www.kanshin.com/keyword/977090

水沢うどんは、「推古天皇の御代(西暦554年~628年)、当所(当所とは、水沢観音のこと)を開山せる「高麗」の高僧恵観僧正が、「手打ちうどん」の秘法を水沢の住民に伝授せられたもの」だそうで、清水屋店内にも書かれています。
ここは、1300年ほど前から皇室のご用達なのです。
うむまい!

ちなみに、香川県の讃岐うどんは、空海すなわち弘法大師が、唐から持ち帰って市井に広めたというのが、通説です。
http://www.kumagaya.or.jp/~littler/tanjitei1.html
空海が生まれたのは774年、入滅(亡くなられた)が835年ですから今から約1235年~1174年前の話です。つまり、歴史上は讃岐うどんが最初ではないのです。

味は、誰か体験してみて自分で判断してご報告ください。
私は、水沢うむどんに1票です。

2. 千葉 八街の落花生
それも、生のをゆでて食べるのが最高です。
生落花生は多分、秋の終わりから冬の始まりにかけての千葉県の八街でしか手に入らないと思います。
実は、落花生はカラが黒いほどおいしいのです。
(中国産のは、黒くなく、カラがきれいです。)

千葉県産の落花生は、カラの表面に渋(しぶ)がういて 黒味がかっています。
黒味が濃いほど、豆全体まで充分に栄養が行き渡った 証拠で、中身がおいしいのです。

3.天然かき氷 阿左美です
ここは、1890年(明治24年の創業です)

上長瀞駅近くの国道140号沿いにある天然のかき氷屋さんです。
カキ氷の世界においては「聖地」と崇められているほどで創業1890年の歴史をもつ超有名店。現在は4代目蔵元の阿左美哲男さんが作ってます。
かき氷も氷によって、違いがわかるようになることができます。

おいしい日本食はたくさんあります。

まだまだ続くぞ!


鮎 紫陽花 蛍 梅雨

2009年 6月 19日

やっちゃんの日本食文化体験記 号外です。

鮎(あゆ)と紫陽花(アジサイ)と蛍(ほたる)と梅雨(ツユ)の4つが組み合
わさると最高にロマンチックな雰囲気が演出されます。

真夏の花火大会では、喧騒と人ごみと暑さでそうはいかないのであります。

関西の某所では、ちょうどこの6月20日(土)~6月28日(日)にかけての
期間だけ紫陽花(アジサイ)と蛍の乱舞の見ごろであります。

そう、花と虫の命は短くて、咲き誇り光り輝くのは僅か1週間だけなのです・・

そして、このときを決して逃してはいけません!

先ず、午後から紫陽花(アジサイ)を愛でに散歩をするのであります。

紫陽花は、神戸市とか長崎市・下田市ほか多数の都市の花に指定されています。

それは、シーボルトが学名を“otakusa”と自分の愛妾「お滝」から命名したと伝えられている愛らしく可憐な花だからなのです。

ピンクだったり、水色だったり、濃い紫だったり・・

紫陽花の花の色は、土壌の酸性度アルカリ度で決まると言われています。

だけど、紫陽花には青酸系の毒があり、食べると中毒します。

美しいのでとつい知らずに食べた人が、毎年、過呼吸・興奮・ふらつき歩行・麻痺などを経て死亡することがあります。

ですから、料理の飾りで紫陽花(アジサイ)が皿にのせてある店がありますが、その料理人は非常識なのです。

美しいものは決して食べてはいけないのです。

「美しいものには必ず毒があります。」

そして、夕暮れから天然鮎料理をいただくのであります。

鮎は6月1日から解禁ですが、6月下旬の天然鮎はまだ小振りです。

でも小さいからこそ炭火で焼いたものも頭から食べれるのです。

暗くなってからは、蛍を見に行きます。

無数の蛍が真っ暗闇の中で乱舞している姿は圧巻です。

それは、オスの蛍の恋の乱舞であります。

すごくロマンチックです・・・幻想的であります・・・

梅雨どきなので小雨が降っていればさらに最高です。

なぜなら、相合い傘だからです。

雰囲気が二人のムードを高めてくれます。

そんな日本の6月をもっと外国の人に知ってもらいたいなあ。


やっちゃんの食文化体験記 その4

2009年 6月 19日

先週末、東京で全体ミィーティングだったで、今日は東京の食について書きます。

私の意見は「東京ではお金に糸目をつけないなら、いくらでもおいしいものはあります。」
「逆の表現では東京ではお金を出さないとうまいものはない。」です。

B級グルメの東京名物のどぜう鍋・深川丼・もんじゃ焼き・木村屋のアンパン
それに近頃は築地場内市場のすしまでも観光化してしまって・・
1回は食べる価値はあるが、はっきり言って、それほどでもない。

しかし、食通を称するやっちゃんが、推薦しリピートしている店は・・・

銀座・日本橋界隈で僕の推薦はこの5つ

1.親子丼・・・1500円もする玉ひでではありません。950円の新三浦です。

3ケ月前に銀座2丁目の店は畳んで、徒歩15分の築地店に集約したのですが、鳥水炊きの福岡の有名店で玉ひでより倍おいしいです。1550円の幕の内がさらにお勧めです。

2.元祖ハヤシライス・・・ハヤシライスは日本文化です。ハヤシライスの名の由来は諸説ありますが、ハッシュドビーフからとかいうややこしいものではありません。林さんが考案したのでもありません。早矢仕さんです。(日本橋)丸善の創業者です。丸善は本屋さんと思っておられるでしょうが、そうではありません。明治時代からの総合商社です。日本で最初の株式会社であり、バーバリーとか万年筆を最初に輸入しました。早矢仕さんが顧客パーティーで振舞った料理がおいしすぎて評判で「はやしさんのライス」となり、それから販売もすることになったのです。缶詰を本屋で売っているほかカフェで食べれるのです。これはおいしいです。

3.カツレツ・・・煉瓦亭
カツレツを発明した店ですが、今でも日本一おいしいカツレツがいただけます。

4.中華料理・・・銀座・天厨菜館
ここは、台北の名店です。清朝皇帝の厨房を担当されていたとのことです。台湾出身で作家兼実業家の邱 永漢さんが台湾から誘致した店です。安いのに味が高級で深みがあります。ほうれんそうチャーハンで有名ですが、他の料理はもっとおいしいです。

5. 千疋屋のフルーツ食べ放題・・・午後7時~9時まで4200円です。
予約しようと思ったら、なんと毎週月曜日だけで、それも7月まで予約一杯でした・・

東京近郊の関東なら、もっとたくさん推薦場所があります。
1.日本一おいしく由緒あるうどんは讃岐ではなく、関東の○○です他

続くかもしれない・・・


やっちゃんの日本食文化体験記 その3

2009年 6月 18日

今日は、日本の食文化と切っても切り離されない「お茶」の話をします。

でも、お茶の話は格調高く難しい・・・・

料理を一人分づつ器に入れて、そして温かいものは温かいうちに出すようになったのは茶懐石からです。

それまでは、日本の食事は、家族で食事の時も大勢で食事の際も、大皿料理で最初からつくっていたものを囲んで食べていたそうです。(中華料理みたいなイメージですかね。)

茶懐石のおかげで、おもてなしのこころの日本料理として発展してきたのです。

かつて「お茶」は女子のたしなみのひとつとして重要でした。

私が働き始めた30年前当時は女性が結婚後働き続けるのが難しい時代でした。

ここ淀屋橋辺りあたりの有名会社は、銀行・保険会社・商社・製薬会社・電力・ガス会社でした。
大阪は商人の古い街で、女性社員はお嫁入り前の行儀見習い的に勤務という感覚が残っていました。
女性管理職なんてとんでもない時代でした。

当時会社の勤務時間は9時から5時頃まででした。
「アフター5」とか「5時から男」という言葉通りの生活です。

その代わり、毎週土曜日も昼まで働いていました。9時~6時になったのは土曜日休みになってその勤務時間の振替調整のためです。

でも女性社員はまっすぐ家に帰ったのではありません。

女性は5時30分くらいから会社内やこの周辺の先生のところでお茶・お花のお稽古事が始まるのでした。

各会社も会社施設を稽古場に提供したり、習い事の月謝補助をしていました。

「お茶」「お花」を習わなければお嬢様でない?みたいな時代でした。

ですから、この周辺はお茶・お花のお稽古事のお師匠さんがたくさんいました。

今建物が残っているのは未生流くらいで、男性ご用達のマージャン店と
ともにずいぶんさびれてしまいました。

お茶の入れ方が上手な女性も多かったです。

(今は、女性にお茶くみなんてとんでもないという時代に変わりました。)

ところが、静岡へ行って驚いたのです。

お茶が違う!お茶がもっとおいしい!

そういえば静岡の茶畑はすぐわかるのです。

なぜなら、畑の上に大きな扇風機が何台もついているから。

これは霜よけのためで、静岡・川根は気候が適していると思えます。

http://www.geocities.jp/mamehiko6636/kawanemeicha.html

それまで宇治茶を飲んでいたと思うのですが、きっと本物の宇治茶ではなかったのでしょう。
(宇治茶には三重県産やほかのものも相当持ち込まれるようです。実はパッケージ内包量の半分以上が宇治産であれば「宇治茶ブレンド」という表記が許されているらしいです。

牛は1年以上育てられたら、生育地の松坂牛や米沢牛を名乗れるそうです。

でも普通は人間のように生まれたところですよねえ。

1年以上育ったところの地名で何国人というのなら弊社の外国人は既にみんな東京人や大阪人です。

ブランドとか○○産ってなんなんでしょう?

川根茶は宇治茶ほど大量出荷でないので混ぜ物が少ないのか、品質管理がしっかりしているのでしょう。

宇治茶の方が有名と思っていたら、僕が知らなかっただけで既に静岡茶は日本一でした。

大前研一が「お茶といえば静岡」でしょうと言っています。

http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/a/95/

静岡茶は本当においしかった。ですからお茶が好きになりました。

お茶は葉っぱと入れ方にポイントがあったのです。

超有名店、京都「一保堂」の喫茶室で気軽に入れ方の体験ができます。

お茶の入れ方を教わって自分で入れるだけなんですがなかなか難しい。

10gのお茶の葉に1杯目はお湯を80℃にさましてから1分待ってからそそいで飲む。
2杯目以降は80℃ですぐそそぐ。

うーむ。まだまだ美味の極みに至らない。

是非一度チャレンジしてみてください。


やっちゃんの日本食文化体験記 その2

2009年 6月 17日

ネット情報は信頼性が重要です。
先日の日経新聞土曜日版によるとネットの口コミ情報で失敗した経験のある人
が多数とのこと

やっちゃんの食文化体験記はどれだけ信頼性があるでしょうか?

デパートの食品売場の責任者をしている友人がいます。
その人の説「デパートは仕入れが命。自分は販売している商品はお客さんの質問にも答えられるようほとんど実際に食べているから職業病で太っている。
だから太っていないバイヤーが仕入れた商品は信用できない。」

なるほど・・・

確かにこれまで出会った食の達人はみなさん太っています。
徳島の日本料理店の「青柳」(虎ノ門にも支店有)の小山さん、名古屋の「グランターブルドキタムラ」の北村シェフ、母親同士が友人で食番組の先駆けの辻クッキングスクールフレンチの小川先生、前の会社の親友のGちゃん。会ったことはないけどデブキャラタレントの石ちゃんや松村邦洋さん、みなさん120kgクラスです。
シェフの方々はフランスに行ったら三ツ星レストランを1日に4~5回食べ歩いて研究すると言ってました。
太るのも職業病です。
でも小川先生やウガンダさんは亡くなられ、松村邦洋さんは東京マラソンで倒れられました。

でぶはでぶを呼ぶ。
そして、でぶは伝染するらしいです。
僕もそのとき体重100kgに到達しました。
今はかなりやせましたが、今日の健診結果ではまだ軽度の肥満で高コレステロールのためダイエットせよと書かれていました。

ですがこれまで日本全国の都道府県全てに宿泊し、トータル外泊2000回、泊まったホテル・旅館は200を超えると思います。
観光地以外にも行けたのは、卓球の遠征や労働組合活動、会社出張のおかげです。
足で稼いだ情報です。

長野・静岡の文化を象徴するめずらしい食べ物

1.くさや(魚を腐った出汁につけたものです。伊豆大島で買ってきて翌日食べようと楽しみにしていたところ、女房に捨てられてしまっていました・・)
だから食べたことがないので、味はわかりません。

2.ざざむし
長野県伊那地方の超高級品です。磯自慢の瓶1びんで5000円くらい。お酒のつまみに最適です。美味です。でもいくらお勧めしても最初みなさんいらないと言います。

3.蜂の子
安物を買うと親が混じっています。
目をつぶって食べるとおいしいです。

4.灰がいっぱいついた「おやき」
肉まんとか野菜まんのようなものです。中身が野沢菜だったり、なすびだったり。
パンパンとはたいたけれどまだ灰がついたまま食べろと言われて、困りました・・・

5.いなご
貴重なたんぱく質源だったのでしょう。なれれば大丈夫です。

誰でも大丈夫なお勧め品(うなぎ・スッポン・みかちゃんミカン・メロン・お茶・かつお・まぐろ以外で)

1.生の桜海老
静岡県の駿河湾でしかとれないです。東名高速と新幹線が平行して走る狭いところの由比漁港でいただけます。
かき揚げにしたり生でどんぶりの上に山盛りに乗せて、超うまいです。

2本当に.鳥の形をしたとり貝
ほとんどの人は開いたものしか食べたことがありませんが、貝の中にはいった鳥の形のままいただくと一層おいしいです。

.私の大好物
1.生きているイカの生け作り
イカは生かしておくのが難しいです。生きているイカは白ではなく、透明色です。
生けイカは札幌(函館)と福岡(佐賀呼子)で味が違いましたが、それぞれにおいしかったです。
夢欄さん河太郎さん、ありがとうございました。

2.ふぐの肝(ご禁制の品)
大分県だけ県の条例で許されているそうで初めて別府で寿司で食べました。それ
からやみつきになって博多の某店に行ったりしました。
冗談でしびれてきたらやめてくださいと言われて最初はみんな隣の人にたくさん勧めて、その人の呂律がきちんと廻っているかとか確認しながら食べていましたが、
酔ううちに平気になってしまいました。

3.さばの刺身です。
さばの刺身は鮮度の良い釣りさばでないと食べられないとかで関さばで最初に食べてから一番の好物になりました。
さばの刺身がメニューにあると必ず食べてしまいます。
ですが、6月から9月はおいしくありません。

続く・・



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