10月がスタートしましたね。月が二桁になった時点で、「あー、今年もおわりやないかい!」とつっこみを毎年いれている福島です。そして、We Love Japan Tour2015もスタート!

ということで、We Love Japan Tour2015について書こうかと思ったのですが、ちょっとたまには、違った話も。

さて、10/1は大手企業では内定式を実施。真新しいスーツを着込んだ、若人が社会人生活をちょっと覗き見という感じでしょうか?

私の記憶箪笥のすっごく、すっごく下の方の奥に就職活動っていうのが、たしか存在したはず。
ちょっとごそごそしてみましたが、がたがたしてめっちゃ引き出しがあけにくいです。笑

では、思い出箪笥を少しひも解くと、70年代産まれの私は、いわゆる就職の超氷河期時代の人間です。
ほんの少しの差で、バブル期をのがしたんですねぇ。ただ、バブリーな香りは少し残っていて、ブランド物志向が高い友人や、年上の彼氏にばんばん食事をご馳走になっていた羨ましい友人がごろごろしていました。
私はいたって健全な学生だったので、バイトにいそしんでいたということにします。

さて、就職活動ですが、これは本当に大変でした。一流大学に通っていたわけではない、4年生女子大生はもっとも企業から嫌われていた時代。(もしかしたら、被害妄想かもしれませんが。)
私の様な平凡な女子大生というのは、自分のこともよく把握していないし、何がしたいのかも曖昧で、自己PR
しようにも、何をPRするねん!という有様です。
今のように学生ベンチャーや、ベンチャー企業も少なく、インターンシップも今ほどはメジャーではなかった、たぶん。
もちろん、意識の高い学生はいつの時代もいることは言わずものがな。

とにかく、スマホもなく、ネット環境(電話回線のピー!じーこじーこって音が今も忘れられない)も悪い時代でした。履歴書を送りまくり(もちろん、手書き)、リクルーターなどには相手されるわけもないので、合同説明会にいき、長蛇の列に並んで、人事の話をメモメモメモ。
当時は「なんでこんなに人がおるねん!みんなめっちゃかしこばっかりや!」「どっか早く決まって!」と涙の毎日でした。

そんなこんなで、なんとか小さなメーカーに就職できましたが、想像していた以上につらい職場環境。
残業残業で死にそうだった。といいたいところですが、

私はその真逆でした。

どういうことかというと、とにかく暇!暇!暇!なんのために会社にきているのだろうと自問自答する毎日。

これは経験したことのある人にしかわからないことなんですが、地獄です。
地獄の日々については、また別の機会にふれることにします。

結局、私はすぐに中途採用枠を探し、なんとか半年で専門商社へ転職することができました。

今から、ふりかえって考えると、私の今を作っているのは、あの地獄の日々が原点だということ。
やる気はあるのに、何もさせてもらえない、何もやることがない。忙しくてもいいから、仕事がほしい。

あの時の、焦燥感と渇望は今でも忘れられない記憶です。
辛かった半年間の日々が、「仕事があることは幸せなこと。」「頼りにされるということは、自分には存在価値があるのだということ。」「誰かのにためになることが、働くことなのだ」と。いうことを学ばせてくれたような気がするんですね。

弊社には、新卒で入社される方はほとんどいらっしゃいませんが、ニュースなどにうつる少し緊張した面持ちの学生さん達。そんな若人を見ていると、なんとも新鮮な気持ちになりますね。やる気に満ち溢れているんだろうなぁっと。

人は企業にとって、何よりも大切な資産です。
その大切な資産を生かすも殺すも企業次第。
まぁ、資産は運用する人によって、減りもすれば、増やすことも可能ですもんね。
価値のある資産になるのかどうかは、本人の努力はもちろんのこと、企業側の運用の仕方も大いに関係するのではないでしょうか。