今日は、日本の食文化と切っても切り離されない「お茶」の話をします。

でも、お茶の話は格調高く難しい・・・・

料理を一人分づつ器に入れて、そして温かいものは温かいうちに出すようになったのは茶懐石からです。

それまでは、日本の食事は、家族で食事の時も大勢で食事の際も、大皿料理で最初からつくっていたものを囲んで食べていたそうです。(中華料理みたいなイメージですかね。)

茶懐石のおかげで、おもてなしのこころの日本料理として発展してきたのです。

かつて「お茶」は女子のたしなみのひとつとして重要でした。

私が働き始めた30年前当時は女性が結婚後働き続けるのが難しい時代でした。

ここ淀屋橋辺りあたりの有名会社は、銀行・保険会社・商社・製薬会社・電力・ガス会社でした。
大阪は商人の古い街で、女性社員はお嫁入り前の行儀見習い的に勤務という感覚が残っていました。
女性管理職なんてとんでもない時代でした。

当時会社の勤務時間は9時から5時頃まででした。
「アフター5」とか「5時から男」という言葉通りの生活です。

その代わり、毎週土曜日も昼まで働いていました。9時~6時になったのは土曜日休みになってその勤務時間の振替調整のためです。

でも女性社員はまっすぐ家に帰ったのではありません。

女性は5時30分くらいから会社内やこの周辺の先生のところでお茶・お花のお稽古事が始まるのでした。

各会社も会社施設を稽古場に提供したり、習い事の月謝補助をしていました。

「お茶」「お花」を習わなければお嬢様でない?みたいな時代でした。

ですから、この周辺はお茶・お花のお稽古事のお師匠さんがたくさんいました。

今建物が残っているのは未生流くらいで、男性ご用達のマージャン店と
ともにずいぶんさびれてしまいました。

お茶の入れ方が上手な女性も多かったです。

(今は、女性にお茶くみなんてとんでもないという時代に変わりました。)

ところが、静岡へ行って驚いたのです。

お茶が違う!お茶がもっとおいしい!

そういえば静岡の茶畑はすぐわかるのです。

なぜなら、畑の上に大きな扇風機が何台もついているから。

これは霜よけのためで、静岡・川根は気候が適していると思えます。

http://www.geocities.jp/mamehiko6636/kawanemeicha.html

それまで宇治茶を飲んでいたと思うのですが、きっと本物の宇治茶ではなかったのでしょう。
(宇治茶には三重県産やほかのものも相当持ち込まれるようです。実はパッケージ内包量の半分以上が宇治産であれば「宇治茶ブレンド」という表記が許されているらしいです。

牛は1年以上育てられたら、生育地の松坂牛や米沢牛を名乗れるそうです。

でも普通は人間のように生まれたところですよねえ。

1年以上育ったところの地名で何国人というのなら弊社の外国人は既にみんな東京人や大阪人です。

ブランドとか○○産ってなんなんでしょう?

川根茶は宇治茶ほど大量出荷でないので混ぜ物が少ないのか、品質管理がしっかりしているのでしょう。

宇治茶の方が有名と思っていたら、僕が知らなかっただけで既に静岡茶は日本一でした。

大前研一が「お茶といえば静岡」でしょうと言っています。

http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/a/95/

静岡茶は本当においしかった。ですからお茶が好きになりました。

お茶は葉っぱと入れ方にポイントがあったのです。

超有名店、京都「一保堂」の喫茶室で気軽に入れ方の体験ができます。

お茶の入れ方を教わって自分で入れるだけなんですがなかなか難しい。

10gのお茶の葉に1杯目はお湯を80℃にさましてから1分待ってからそそいで飲む。
2杯目以降は80℃ですぐそそぐ。

うーむ。まだまだ美味の極みに至らない。

是非一度チャレンジしてみてください。